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東京地方裁判所 平成10年(特わ)3935号 判決

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

未決勾留日数中二〇日を右刑に算入する。

被告人から金一〇〇〇万円を追徴する。

理由

(犯罪事実)

被告人は、平成四年三月二九日に施行された群馬県第二選挙区の第三九回衆議院議員総選挙補欠選挙に自由民主党の公認候補として立候補して初当選し、その後に施行された二度の衆議院議員総選挙においても連続して当選し、平成一一年一二日に衆議院議長により辞職を許可されるまで、衆議院議員であったものである。

被告人は、

第一  平成八年一〇月二〇日施行の第四一回衆議院議員総選挙に際し、北関東選挙区における衆議院比例代表選出議員の選挙において、自由民主党が届け出る衆議院名簿の登載者(以下「名簿登載者」という。)となることが予定され、かつ、同年八日に名簿登載者となったものであるが、自己の当選を得る目的で、

一  名簿登載者となる前の同月上旬ころ名簿登載者となった後の同月上旬ころの前後二回にわたり、単一の犯意をもって、いずれも群馬県太田市東本町〈番地略〉所在のA方において、自己の選挙運動者である右A(被告人の選挙対策本部の事務局長)、B(被告人の後援会の幹事長で、同選挙対策本部の事務長代行)およびC(被告人の公設秘書)の三名に対し、いずれも右Aらから他の自己の選挙運動者又は北関東選挙区の選挙人に交付又は供与すべき選挙運動報酬、投票報酬等の資金として現金合計二〇〇〇万円を交付した。

二  名簿登載者となる前の同月上旬ころ、前記A方において、北関東選挙区の選挙人であり自己の運動者である前記Aに対し、自由民主党への投票及び投票取りまとめ等の選挙運動の報酬として現金二〇万円を供与した。

三  名簿登載者となった後の同月中旬ころ、同市新井町〈番地略〉所在の「自由民主党群馬県衆議院比例区第三支部」選挙事務所において、北関東選挙区の選挙人であり自己の選挙運動者であるD(被告人の選挙対策本部の幹事長代行)に対し、前記二と同様の報酬として現金二〇万円を供与した。

第二  同年一月一二日から同年一一月七日までの間、防衛政務次官として、海上自衛隊の装備に関すること、航空機など装備品等の調達や研究開発等に関すること等の防衛庁の事務を統括するなどの権限を有する防衛庁長官を助け、政策及び企画に参画し、政務を処理するなどの職務を担当していたものであるが、折から、防衛庁においては、海上自衛隊の装備品等である救難飛行艇(通称「US―1A改」)の試作製造を航空機製造業者に行わせるに当たり、主担当会社及び協力会社並びにこれらの各会社間の試作製造分担の決定に向けての作業等が進められていたところ、同年一月下旬ころから同年八月上旬ころまでの間、前後数回にわたり、東京都港区赤坂〈番地略〉所在の防衛庁政務次官室等において、航空機製造等を目的とする富士重工業株式会社の代表取締役会長E及び代表取締役専務航空宇宙事業本部長Fの両名から、右救難飛行艇の試作製造分担の決定に際し、同社に有利な取り計らいをしてもらいたいという趣旨の請託を受け、その報酬として供与されるものであることを知りながら、同年一〇月三一日、右政務次官室において、右Fから現金五〇〇万円を受領して供与を受け、もって、自己の右職務に関し、右両名から請託を受けて賄賂を収受した。

第三  Lが国会議員政策担当秘書審査認定者登録簿に登録されていたことを奇貨として、同人を被告人の政策担当秘書に採用した旨装って、その給与等を支給名下に衆議院から金員を詐取しようと企て、右Lび被告人の公設秘書Gと共謀の上、同年一一月二八日ころ、東京都千代田区永田町〈番地略〉所在の衆議院事務局において、同事務局庶務部議員課課長補佐井東辰晃らに対し、真実は、いわゆる名義借りであり、右Lを政策担当秘書に採用した事実も同秘書に採用する意思もないのに、これがあるかのように装い、同人を被告人の政策担当秘書に採用した旨の内容虚偽の衆議院議長あて議員秘書採用同意申請書、議員秘書採用届(政策担当秘書)、右Lの履歴書等を提出し、右井東らをして、被告人が右Lを政策担当秘書に採用したものと誤信させて、同人の給与等支給に必要な手続をとらせ、よって、別表一記載のとおり、同年一二月一一日から平成一〇年一月九日までの間、前後一九回にわたり、衆議院から、右Lの給与等支給名下において現金合計一〇三一万七九九一円を、右衆議院事務局(庶務部会計課)において右Gに手交させ、又は右同所所在の株式会社大和銀行衆議院支店に開設された被告人管理に係るL名義の普通預金口座〈口座番号略〉に振込送金させ、もって、右井東らを欺いて財物を交付させた。

第四  国が自由民主党に交付する政党交付金をもって充てられる支部政策交付金の支給を受ける「自由民主党群馬県第三選挙区支部」(平成九年一月一日に従前の「自由民主党群馬県衆議院比例区第三支部」の名称を変更。以下「第三選挙区支部」という。)及び公職の候補者である被告人を推薦し、支持する政治団体で被告人の資金管理団体である「甲野政経懇話会」の代表者であったが、

一  政党助成法に基づき、第三選挙区支部の支部政党交付金に関する使途等を記載した支部報告書を自由民主党の会計責任者及び群馬県選挙管理委員会に提出するに当たり、

1 第三選挙区支部が平成八年分として支給を受けた総額一〇〇〇万円の支部政党交付金による支出の一部として、甲野政経懇話会の普通預金口座に合計三七二万一九一四円を入金した事実を隠ぺいしようと企て、第三選挙区支部の会計責任者であった前記A、第三選挙区支部の会計事務担当者であったH(被告人の私設秘書)及び前記Cと共謀の上、平成九年二月下旬ころ、群馬県太田市飯田町〈番地略〉所在の「甲野太郎後援会」事務所において、平成八年分の支部報告書の支出の内訳表に、真実は、別表二記載の「アクティブ」(架空の業者)等六社に対する備品代金等合計四〇八万二四七四円の支出がなかったにもかかわらず、これらの支出があった旨の虚偽の記入をし、平成九年二月二五日ころ、これを東京都千代田区永田町〈番地略〉所在の自由民主党本部の会計責任者及び群馬県前橋市大手町〈番地略〉所在の群馬県選挙管理委員会に提出した。

2 第三選挙区支部が平成九年分として支給を受けた総額一〇〇〇万円の支部政党交付金による支出の一部として、被告人の普通預金口座に合計八六三万五三六〇円を入金した事実を隠ぺいしようと企て、前記A、被告人の私設秘書I及び甲野太郎後援会の事務員Jと共謀の上、平成一〇年三月下旬ころ、前記甲野太郎後援会事務所において、平成九年分の支部報告書の支出総括表及び内訳表に、真実は、別表三記載の光熱水費等の合計八四九万円の支出がなかったにもかかわらず、これらの支出があった旨の虚偽の記入をし、平成一〇年三月三〇日ころ、これを前記自由民主党本部の会計責任者及び前記群馬県選挙管理委員会に提出した。

二  政治資金規制法に基づき、甲野政経懇話会の平成九年分の収支報告書を自治大臣に提出するに当たり、甲野太郎後援会の同年における支出のうちの八四一万七二〇一円を第三選挙区支部の支出として付け替えるとともに、これに見合う金額を甲野太郎後援会の同年における収入から減額したことを隠ぺいするため、同年中の甲野政経懇話会の甲野太郎後援会に対する寄付金額が実際より八四一万七二〇一円少なかったように仮装しようと企て、甲野政経懇話会の会計責任者であった前記G、I及びJと共謀の上、平成一〇年三月下旬ころ、東京都千代田区永田町〈番地略〉所在の衆議院第一議員会館〈部屋番号略〉において、右収支報告書の「支出の総括表」の「寄付・交付金」欄及び「政治活動費の内訳」表(ただし、項目別区分「寄付・交付金(寄付金)のもの)の「合計」欄に、真実は、寄付金の合計額が一五二六万八一五五円であったのに、いずれも、六八五万九五四円であった旨の虚偽の記入をし、同年四月七日ころ、これを東京都選挙管理委員会を通じて、自治大臣あてに東京都港区虎ノ門〈番地略〉所在の自治省に提出した。

(証拠)〈省略〉

(適用法令)

一  罰条

1  第一の一の所為

包括して公職選挙法二二一条三項一号、一項五号、一号

2  第一の二の所為

公職選挙法二二一条一項一号

3  第一の三の所為

公職選挙法二二一条三項一号、一項一号

4  第二の所為

刑法一九七条一項後段

5  第三の所為

包括して刑法六〇条、二四六条一項

6  第四の一1、2の各所為

いずれも刑法六〇条、政党助成法四四条一項七号、一八条一項、三項

7  第四の二の所為

刑法六〇条、政治資金規正法二五条一項三号、一二条一項

二  刑種の選択

第一の一ないし三の各罪につきいずれも懲役刑を、第四の一1、2、第四の二の各罪につきいずれも禁錮刑を選択

三  併合罪の処理

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(最も重い第三の罪の刑に法定の加重)

四  未決勾留日数の算入

刑法二一条

五  追徴

第一の一の犯行で被告人が前記Aらに交付した二〇〇〇万円のうち、被告人がAから返還を受けた五〇〇万円につき、没収することができないので、公職選挙法二二四条後段によりその価額を追徴

第二の犯行で被告人が収受した賄賂五〇〇万円につき、没収することができないので、刑法一九七条の五後段によりその価額を追徴

六  訴訟費用の不負担

刑事訴訟法一八一条一項ただし書(追徴についての補足説明)

一  関係各証拠によれば、被告人が、選挙運動報酬、投票報酬等の資金としてAらに交付した第一の一記載の現金合計二〇〇〇万円のうち、同人らによって更に他の選挙運動者らに交付されるなどした後にAの手元に残った現金五〇〇万円については、選挙終了後の平成八年一〇月下旬ころ、そのまま同人から被告人に返還されて、被告人の手持ちの現金と混同するに至ったことは明らかである。したがって、右五〇〇万円については、公職選挙法二二四条前段により返還を受けた被告人からこれを没収すべきところ、没収することができないので、同条後段により被告人からその価額を追徴すべきである。

一  ところで、検察官は、右二〇〇〇万円のうち、右五〇〇万円のほかにも一五三万一四〇五円が被告人に返還されているから、その価額をも被告人から追徴すべきであると主張する。すなわち、Aは、右二〇〇〇万円の中から五〇〇万円をJに託し、株式会社群馬銀行太田支店の「就任祝賀会実行委員会事務局I」名義の預金口座(以下「就任祝賀会口座」という。)に預け入れさせたが、その後、本件交付の趣旨に反しない範囲でいわゆる買収資金等のために同口座から出金された残りの一六〇万円に支部政党交付金等の入金分を加えた同口座の残高五〇六万八五九五円の中から、五〇〇万を、Jに指示して、被告人の預金口座である株式会社大和銀行衆議院支店の「甲野太郎事務所代表G」名義の預金口座(以下「甲野事務所口座」という。)に送金させており、これが被告人の甲野政経懇話会に対する借入金の返済に充てられているから、少なくとも右一六〇万円から六万八五九五円を控除した残額の一五三万一四〇五円についても、被告人がAから右二〇〇〇万円の一部の返還を受けたものとみることができるというのである。

そこで、関係各証拠を総合して検討すると、Aが、右二〇〇〇万円のうちの五〇〇万円を、Jに保管を指示して預け、同女が、同月一四日に、これを当時残高が一円であった就任祝賀会口座に預け入れたこと、その後、同女は、Aの指示により、同年一一月五日に、同口座の残高五〇六万八五九五円のうちの五〇〇万円を、同口座から被告人の預金口座である甲野事務所口座に送金したことは明らかである。しかしながら、就任祝賀会口座に右五〇〇万円が預け入れられた後の同口座の入出金状況をみると、同月一日に、第三選挙区支部が支給を受けた支部政党交付金の一部の二二四万一一〇〇円と八万四九七五円が同口座に入金され、さらに、同月五日に、株式会社群馬銀行太田支店の「自由民主党群馬県坂東産業支部代表K」名義の口座に預金されていたいわゆる陣中見舞金五〇万円が、就任祝賀会口座に入金されており、他方、同年一〇月二一日には、二〇〇万円が同口座から引き下ろされて、被告人の選挙事務所の設営費用等に充てられ、同年一一月一日には、五〇万円が同口座から引き下ろされて、被告人の事務所経費等の支払いに充てられたことなどもうかがえるのである。そうすると、就任祝賀会口座に右二〇〇〇万円のうちの五〇〇万円が預け入れられた当初の段階では、同口座が、専ら右五〇〇万円を保管するために利用されたとみることができるにしても、その後の同口座の入出金状況に照らせば、同年一〇月一四日に同口座に預け入れられた右五〇〇万円が、その後の同口座の入出金の過程で支部政党交付金等と混同して特定性を失うに至った結果、Jが同年一一月五日に同口座から甲野事務所口座に送金した五〇〇万円は、当初就任祝賀会口座に預け入れられた五〇〇万円とはもはや同一性を有しないと解するほかはない。そうである以上、同口座から甲野事務所口座に送金された五〇〇万円のうち一五三万一四〇五円につき、被告人が、Aらに交付した右二〇〇〇万円の一部の返還を受けたものとみる余地はないから、公職選挙法二二四条により被告人からこれを没収し、又はその価額を追徴することは許されない。したがって、検察官の前記主張は採用しない。

三  以上の次第で、第一の一の犯行の関係では、前記一記載のAから被告人に返還された五〇〇万円についてのみ、その価額を被告人から追徴すべきものと考えられるから、結局、第二の犯行で被告人が収受した賄賂の価額五〇〇万円と合わせた合計一〇〇〇万円を、被告人から追徴することとしたものである。

(量刑の事情)

1  公職選挙法違反の犯行(第一の一ないし三)について

被告人が、第一の一の犯行で、自己の選挙運動者らに交付した選挙運動報酬や投票報酬等の資金は、二〇〇〇万円と多額であり、しかも、その半額近くが、受交付者らによって、自派の地元地方議会議員をはじめ後援会地区幹部ら選挙運動の要となる者に、組織的かつ広範囲に分配されており、そのうちのかなりの金額が実際に選挙運動等の報酬に充てられたこともうかがわれる。また、被告人が、第一の二、三の各犯行で、自己の選挙対策本部の幹部二名に供与した選挙運動等の報酬も、合計四〇万円と決して少ない金額ではない。のみならず、本件選挙は、平成六年の選挙制度改革の一環として、衆議院議員選挙における金のかからない公正な選挙の実現を目指して新しく採用された、小選挙区比例代表並立制の下での初めての衆議院議員総選挙であったところ、被告人は、このような選挙に際し、いわゆる衆議院比例代表区に自由民主党公認候補となり、当選を果して引き続き国政を担おうと志す身でありながら、代表民主制の根幹をなす選挙の公正を著しく害する犯行に及んだもので、厳しい非難を免れないというべきである。

本件の背景として、被告人を支持する地元地方議会議員らの間で、他の候補者の陣営では既に選挙に向けて多額の買収資金を投入しているとして、被告人の陣営でも早急に多額の買収資金を配る必要があるとの声が高まり、これを受けて、被告人が信頼を寄せる選挙対策本部事務局長のAや、同本部事務長代行のBらにおいても、被告人に対し、買収資金など選挙に要する資金のおおまかな見積り等を記載した書面まで示して、その資金を調達するよう強く求めるといった状況があり、被告人としても、このような選挙運動者らの意向や要請を無視しづらい立場にあったことは否定できない。また、被告人の地元では、かねてより、選挙のたびごとに公職選挙法に違反するような態様の金銭の授受等が行われて、半ば、これが常態化し、当選を得るためには、こうした違法な行為もやむを得ないとする風潮があったこともうかがえる。しかしながら、被告人は、平成五年に施行された衆議院議員総選挙で、自派の選挙運動者の中から買収事犯による検挙者まで出したにもかかわらず、右のような風潮を受け入れていわばこれに順応し、本件選挙に際しても、自由民主党の衆議院名簿の登載順位が第五位で、当選できるかどうか楽観を許さない選挙情勢であったこともあって、結局、自己の当選を得るためには多額の買収資金を選挙運動者らに交付する必要があるとの判断の下に、右要請に積極的に応じたものである。したがって、右のような背景事情があったからといって、本件選挙の候補者であり、しかも、前記の選挙制度改革にも関わった現職衆議院議員でもある被告人が、旧来の悪弊を断ち切ろうとはせず、かえってこの改革の理念に逆行する犯行に及んだ責任を、決して軽くみることはできない。

2  受託収賄の犯行(第二)について

本件は、防衛庁における救難飛行艇の試作製造分担等の決定を間近に控え、その決定内容いかんにより、受注した航空機製造会社の将来にわたる営業利益等も大きく左右されることから、これに関係する会社が、自社に有利な決定を得ようとしのぎを削る状況にある中、防衛政務次官という要職にあった被告人が、関係する一私企業の代表取締役らから、右決定に際し有利な取り計らいをしてもらいたいという趣旨の請託を受けて、五〇〇万円もの多額の賄賂を収受したというものである。被告人が、右会社の創業者の孫ということで、同社に対し強い親近感を抱いていたという事情もあったとはいえ、このような犯行は、同社の技術力が優れているか否かにかかわりなく、それ自体、被告人の担当する職務の廉潔性を著しく傷付けただけでなく、国の行政運営全般の公正さに対する不信の念もを増大させるものであったことはいうまでもない。しかも、被告人は、あからさまな賄賂の要求こそしてはいないが、同社の代表取締役らからの右のような請託を受けて、右試作製造分担等の検討作業に関わっていた防衛庁の幹部職員らに対し、その効果のほどはともかく、折に触れて被告人が同社に肩入れをしている旨感得させる言動に及んでいた上、実際に、同社にとっておおむね満足できる内容の試作製造分担の決定がなされる運びとなり、被告人自らが同社にこの決定を内示した当日、政務次官室において、さしたる抵抗感もなく本件賄賂の供与を受けたものであり、被告人には、自らの職務の公正や廉潔性に対する自覚が全く欠けていたというほかはない。

3  詐欺の犯行(第三)について

政策担当秘書の制度は、政治改革を求める国民の声を背景に、国会改革の一環として、国会議員の政策立案等の活動を直接補佐する政策担当秘書を設け、その給与等を国費から支給することにより、国会議員の政策立案・立法調査機能を高め、ひいては政治に対する国民の信頼を回復し、代表民主制の一層の発展を期するという高い理念に基づいて、長期にわたる慎重な調査と検討を経て、平成五年に創設されたものである。しかるに、被告人は、政策担当秘書が実際に仕事をしているかどうかなどについては、国会議員の良識を信頼してそれほど厳しく調査されることなどなかったことに付け込み、政策担当秘書の有資格者らと共謀の上、政策担当秘書を採用したように装った所要の書類を衆議院に提出するなどして担当職員らを巧みに欺き、一年余りにわたり、その給与等支給名下に一〇〇〇万円を超える多額の金員を詐取したものである。

本件の経緯をみると、被告人は、政策担当秘書を採用する意思など毛頭なかったのに、共犯者である秘書から、政策担当秘書の有資格者から名義貸しを受けることができる旨を聞かされるや、金欲しさに、ためらうことなく、支給される給与等を右有資格者と折半するということで、その手続を進めるよう秘書に指示していたのであり、被告人の所属政党の派閥事務局関係者に名義貸与者のあっ旋をする者がいたという事情を考慮しても、犯行の動機や経緯に酌量の余地はない。このように、政策担当秘書の制度を活用して国民の負託にこたえるべき国会議員自らが、率先して、この制度を悪用して制度の趣旨を踏みにじり、国民の税金に由来する多額の金員を搾取した点、言語道断であり、搾取した金員の使途などを問題とするまでもなく国民から厳しい指弾を受けるのは当然といわなければならない。

4  政党助成法違反(第四の一1、2)、政治資金規正法違反(第四の二)の各犯行について

政党助成法は、議会制民主政治における政党の重要性にかんがみ、政党の政治活動の健全な発達の促進及びその公明と公正の確保を図り、民主政治の健全な発展に寄与するために、国が政党に対し政党交付金による助成を行うこととした上、その不正な流用なども懸念されたことから、政党交付金が適切に使用されて、国民の信頼にもとることのないようにするために、その使途の報告を義務付けており、これを受けて、被告人の所属政党であった自由民主党においても、政党交付金をもって充てる支部政党交付金の使途につき、経常経費や政治活動費の支出項目に限定を加え、これを政治団体や政治家個人への寄附に充てることを禁止するなどの種々の自主的な規制を設け、その周知徹底を図っている。また、政治資金規正法も、同様に、民主政治の健全な発達に寄与することを目的として制定されたもので、とかく不明朗な点が多いとの批判を受けている政治資金の運用の公正とその透明性を確保し、政治団体や公職の候補者により行われる政治活動が、国民及び不断の監視と批判の下に公明かつ公正に行なわれるようにするため、政治団体等に係る政治資金の収支の報告等を定めている。しかるに、被告人は、自己が代表者を務める自由民主党支部に支給された支部政党交付金に関する支部報告書と、同じく自己が代表者を務める政治団体の収支報告書につき、それぞれ、その会計責任者らと共謀して、これまでに取引のあった業者らに協力を求めて作出して架空又は金額水増しの領収書の写しを添付し、あるいは一件当たり五万円未満の支部政党交付金による支出については支出先の氏名等を明示しなくてもよいことに付け込むなど、巧妙かつ悪質な方法まで用いて虚偽の記入をし、政党交付金等の政治資金に対する国民の適正な監視と批判を困難にしたものである。右のとおり、本件は、組織的に行われた計画的な犯行であるところ、被告人は、共犯者である会計責任者や秘書らから右虚偽記入の方法等についての進言を受けたとはいえ、これに積極的に応じて、会計責任者らに架空領収書等の手配や各報告書の虚偽記入を指示するなど、右各犯行に深く関わっていたのである。

このような犯行に至った経緯をみると、被告人は、政党助成制度が創設された当初から、議員個人が支部政党交付金を自由に使ってもかまわないという身勝手な考えから、自己が代表者を務める自由民主党支部に支給された多額の支部政党交付金につき、自由民主党の自主的な規制など全く無視した取扱いをし、公の資金を他の政治資金などと混同させていわば私物化していたことから、支部報告書等を提出するに当たり、そのつじつまを合わせる必要に迫られたという事情がある。このように、被告人は、政党助成法の成立にも関わった国会議員であるのに、支部政党交付金を本来の目的に沿って用いようという姿勢が希薄であったばかりか、前記のような政党助成法及び政治資金規正法の趣旨を没却する犯行に及び、ひいては、高い理念を掲げて創設された政党助成制度の存在基盤そのものをも揺るがせたもので、犯行の動機や経緯の点を含め、激しく責められなければならない。

二 以上のとおり、被告人の本件一連の犯行は、国民全体の奉仕者として、高いモラルと廉潔性を求められる国会議員自らが、国会改革の一環として新たに創設された諸制度の悪用にまで及んで、政治改革を求める国民の期待を裏切り、納税者たる国民に対する背信行為とさえいえる犯行を含む、様々な態様の違法行為を重ねたという、これまでに類例のない極めて悪質な事案である。かねてより、政治家と金にまつわる種々の疑惑が取りざたされ、政治改革の必要性が強く叫ばれている折、本件一連の犯行は、国民に大きな衝撃を与えたばかりか、国会議員のみならず国政全般に対する信頼をも著しく損ない、国民の政治不信をいわば決定的なものにしたとさえいえるもので、その影響は重大かつ深刻である。したがって、被告人の刑事責任は重いといわなければならない。

三 他方、被告人が、捜査段階では、本件各犯行のうち、詐欺を除いて、犯行への関与や犯意を否認するかのごときあいまいな供述をしていたものの、公判廷では、すべての罪を認めて深く反省後悔し、既に衆議院議員も辞職していること、本件詐欺の犯行とそれ以前の同種行為により詐取した金員のうち、自己の取得分に損害金(年率五パーセントの割合)を加えた六三七万六一七七円を既に衆議院に返済していること(なお、残余については、政策担当秘書の名義貸与者において衆議院に返済)、本件政党助成法違反の犯行の償いとして、一二四〇万円を財団法人日本育英会に寄附していること、本件の発覚後、マスコミでも大きく報道されて社会的にも厳しい非難を受けるなど、事実上の制裁を受けていること、衆議院議員であった七年近くの間、衆議院の各種委員会の理事等を歴任するなど、国会議員として国政にもそれなりの貢献をしたこと、これまでに前科前歴がないこと、妻や幼い子供がいること、本件の審理中に生まれた次男が間もなく死亡したことで精神的な痛手を受けていることなど、被告人のために酌むべき事情もある。

四 しかしながら、右のような酌むべき事情を最大限に考慮しても、被告人の刑事責任はあまりに重く、その刑の執行を猶予するのは相当ではないというべきである。そこで、以上の諸事情を総合考慮して、被告人に対し、主文のとおりの実刑をもって臨むこととしたものである。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田雄一 裁判官 下山芳晴 裁判官 丸山哲巳は海外出張のため署名押印することができない。裁判長裁判官 岡田雄一)

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